4月の大谷翔平には「不振」というラベルが貼られていた。ところが5月に入って、そのラベルはほとんど無効になっている。Yardbarkerの Mike J. Asti が5月20日に書いた《Shohei Ohtani's recent hot stretch shows hitting concerns may have been overblown》を読み直しながら、「過剰だった懸念」とは何だったのかを考えてみたいと思います。
「序盤の不調」と呼ばれていたものの、実際の幅
まず、Asti の記事が拾っている直近の数字を並べてみます。
期間 | 打率 | OBP | OPS | HR | 打点 |
|---|---|---|---|---|---|
直近7試合 | .522 | – | – | 1 | – |
5月6日以降 | .364 | .451 | 1.041 | – | 11 |
シーズン累計 | .272 | – | .872 | 7 | 25 |
直近7試合で打率.522、出場した試合のうち6試合連続で安打が出ています。5月6日まで時計を戻しても、OPS 1.041 はもう「不振の選手」の数字ではないですよね。
ただし、HR は5月通して1本しか出ていません。長打6本・打点9で生産性は保っているけれど、本塁打のペースだけはまだ通常運転に戻っていない——ここが Asti の記事が誠実なところで、「全部戻った」とは書かずに、長打力だけは未回復だと留保している。
逆にいえば、本塁打以外の打撃指標は、もうほぼキャリアの巡航高度に戻っているということでもあります。
9年目の選手に「不調の月」を許さない世論
Asti が記事の中盤で書いている一文が、わたしには引っかかりました。
"There's even a sense of it being almost unreasonable to expect Ohtani, or any player, to avoid a less-than-stellar month or two nine years into a career."
「キャリア9年目の選手に、不調の月が1つや2つあることすら許さないのは、ほとんど不合理に近い感覚すらある」
これはずいぶん踏み込んだ書き方です。「大谷さんだから不調がないはず」ではなく、「9年目の選手なら不調があって当然」と、評価軸そのものを引き戻している。
そしてもうひとつ、Asti は続けてこう書きます。
"Someone who's won three straight MVPs, largely due to his offense, didn't just forget how to hit."
「3年連続でMVPを獲った男が、その打撃で評価されてきた男が、急に打ち方を忘れるはずがない」
3年連続MVPの実績がある選手の1か月の不調を、構造的な衰えと読むのか、単なる季節変動と読むのか。Asti は完全に後者の立場で、4月の数字は「例外であって、心配する必要はなかった」と切ってしまう。
これは強気な解釈に聞こえるかもしれませんが、振り返ってみると、2024年の50/50、2025年の55HR・OPS 1.014、ポストシーズン8本塁打——この2年で大谷さんが積み上げた基準値が、わたしたちの「通常」の感覚を勝手に書き換えてしまっていたんですよね。「.272 / 7HR」が物足りなく見える時点で、比較基準が壊れているとも言える。
投手0.82 ERAという、もうひとつの土俵
打撃が戻ってきた、というだけならよくある復調記事です。Asti の記事が独特なのは、その横に投手成績を並べて見せているところ。
投手指標 | 値 |
|---|---|
ERA | 0.82 |
WHIP | 0.82 |
被OPS | .475 |
勝敗 | 3勝2敗 |
奪三振 | 50 |
直近登板 | 7回無失点(vs Giants) |
直近2登板の失点合計 | 2 |
ESPN Insights が引用されているとおり、ERA・WHIP・被OPS の3つすべてがキャリアベスト水準。チーム50試合時点の数字としては、文字通り異常値です。
ここで起きていることを整理すると、こうなります——4月、打撃が落ちていた間も、投手成績は崩れていなかった。むしろこの2か月、投手としては自己ベストの軌道を進んでいた。だから打撃が戻った今、MVP の議論で大谷さんを外す理由が、ほとんど残っていない。
Asti が「土俵が変わった」とは書いていませんが、わたしの読み方ではそうなります。打撃が通常水準でなくても、投手で稼げる。打撃が戻れば、二刀流の足し算が再起動する。これは2024年・2025年とは別種類の MVP 争いになりつつある気がします。
水曜のパドレス戦では、1か月以上ぶりに同じ試合で投打を兼ねる予定だと記事は伝えています。投手 0.82 ERA のまま打撃も戻った状態で投打フル稼働——これがもし数試合続いたら、4月に「不振」と書いた記事の置き場所が、ほんとうに無くなってしまう。
"Ohtani now has an opportunity to quiet his doubters even more and continue making his case as the most well-rounded and unique player in baseball history."
「大谷翔平には今、懐疑論者をさらに黙らせ、野球史上もっとも総合的でユニークな選手であるという主張を強化する機会がある」 — Mike J. Asti / Yardbarker
4月の懸念が過剰だったのではなく、わたしたちが大谷翔平に対して持っている「通常」の物差しが、もう本人の歩幅に追いつけていないのかもしれません。