防御率0.73はライブボール時代の8登板時点で歴代6位。それでも、大谷翔平のサイ・ヤング賞への道は決して楽ではないという。Heavyのダン・モリソンが 《Los Angeles Dodgers Superstar Shohei Ohtani Has Two Big Hurdles to Win Cy Young Award》 で、二刀流ゆえに立ちはだかる二つの壁を指摘している。
たった「1イニング」が、規定の外側に押し出している
数字だけ並べれば、これはもう議論の余地がない投手だ。8登板で49イニング、54奪三振、与四球13、被安打28、自責点はわずか4。防御率0.73、WHIP 0.837、9イニングあたり9.9奪三振。これを「素晴らしい」以外の言葉でどう表現すればいいのか、わたしには思いつきません。
MLB公式のサラ・ラングスが整理した、ライブボール時代における先発8試合目までの防御率ランキングはこうなっています。
「1981 Fernando Valenzuela: 0.50 / 1980 Mike Norris: 0.52 / 2009 Zack Greinke: 0.60 / 1945 Al Benton: 0.70 / 2021 Jacob deGrom: 0.71 / 2026 Shohei Ohtani: 0.73」
「ライブボール時代の8登板時点ERA、大谷さんは歴代6位」 — Sarah Langs(MLB.com)
100年以上の歴史のなかで、上にいるのはわずか5人。フェルナンド・バレンズエラ、ザック・グレインキー、ジェイコブ・デグロム――名前を見れば、この数字の重みがわかります。
ところが、Heavy内でトーマス・ケルソンが指摘している通り、この支配的な投手は 規定投球回の「外側」 にいるのです。
「Ohtani has now thrown 49 innings through eight starts this season. However, he is still one inning short of qualifying among MLB pitching leaders.」
「大谷さんは今季8登板で49イニングを投げているが、規定投球回にはまだ1イニング足りない」 — Thomas Kelson(Heavy)
規定到達にはチームの試合数と同じイニング数が必要で、ドジャースはすでに50試合を消化している。つまりシーズン終了までに 162イニング が必要、ということ。中6〜7日のローテーションで投げ、5回前後で降板する登板が続くなかで、この162という数字はだんだん遠ざかっていく性質の壁です。打席に立つ日を減らしてまで投手モードに寄せている今シーズンですら、量の問題はまだ解けていない。
ナ・リーグの候補表が、過去のどの年とも違う
仮に量の壁を越えたとしても、その先で待っているのが「ライバルの厚さ」という壁です。ESPNのバスター・オルニーがSNSに投稿した候補者リストが、空恐ろしい。
「The NL Cy Young race could be the best ever. Skenes, Ohtani, Sanchez, Misiorowski, Miller, Sale are the headliners… but look at the depth of candidates: Kyle Harrison, Brewers 1.77 ERA / Chase Burns, Reds 1.83 ERA / Bryce Elder, Braves 1.97 ERA / Eduardo Rodriguez, D-Backs 2.24 ERA / Michael King, Padres 2.31 / Michael McGreevy, Cards 2.40」
「ナ・リーグのサイ・ヤング賞争いは史上最高になるかもしれない。スキーンズ、大谷さん、サンチェス、ミシオロウスキー、ミラー、セールが主役級だが、候補層の厚さを見てほしい」 — Buster Olney(ESPN)
主役級が6人いて、その下に防御率1点台が3人、2点台前半が3人連なる。「ヘッドライナーの下に、それだけで他リーグなら最有力になれる投手が控えている」 という年。
ここで効いてくるのが、さきほどの「量」の問題です。大谷さんが162イニングに届かない場合、たとえ防御率0.73近辺の異常値を維持しても、投票者の目には 「規定外」というタグ が貼られてしまう。一方で、スキーンズもセールもミラーも、規定をクリアしてフルシーズン分の負荷をマウンドで受けてくる。質で並ぶどころか圧倒していても、量で同じ土俵に立てない――。これが、二刀流ゆえに大谷さんだけが背負う非対称性なのです。
指標 | 2026の大谷さん | 規定投球回まで |
|---|---|---|
登板数 | 8 | – |
投球回 | 49 | あと113イニング |
防御率 | 0.73(歴代6位水準) | – |
WHIP | 0.837 | – |
K/9 | 9.9 | – |
必要IP(シーズン162試合分) | 162 | – |
「結果は良かったが、プロセスは良くなかった」
直近のパドレス戦で、大谷さんは初球を本塁打にしました。レギュラーシーズンで先頭打者本塁打を放った史上初の投手――ポストシーズンに続いてもうひとつ「初」が並んだ夜。その試合では5回を投げ、満塁の場面でフェルナンド・タティスJr.を併殺打に仕留めて無失点で切り抜けています。
普通なら「最高の夜でした」と言ってもおかしくない試合のあとで、本人の言葉はこうでした。
「The results were good, as you saw, but the process wasn't great. I do compartmentalize the hitting and pitching portions. At least that's my intention.」
「結果は見ての通り良かったですが、プロセスは良くなかった。打撃と投球は切り分けています。少なくとも、そのつもりです」 — 大谷翔平
歴代6位の防御率を引っ提げている人が、5回無失点・先頭打者本塁打の夜に「プロセスはよくなかった」と言う。この感覚のずれが、たぶんこの選手の本質なのだと思います。サイ・ヤング賞を取りたいかどうかという話と、自分のプロセスが整っているかどうかという話は、本人のなかではまったく別の問題として置かれている。
そしてだからこそ、賞そのものをどう取りに行くかという「外側からの設計」――登板日の打席を抜く、6〜7日に一度マウンドに上げる、量の壁をどう削るか――は、ドジャースの仕事として残ります。質はもうここにある。問題は、162という数字をどう積み上げて、史上最厚のライバルたちと同じ土俵に立たせるかだけなのです。
「Whoever wins the Cy Young Award will need to have a remarkably special season in the National League. It could be Ohtani, but the path is not easy.」
「ナ・リーグでサイ・ヤング賞を獲るには、並外れて特別なシーズンが必要になる。それが大谷さんになる可能性はあるが、その道は決して楽ではない」 — Dan Morrison(Heavy)
質はすでに歴代6位の領域にある。残されているのは、量と、その量を許す起用法をめぐる、地味で長い計算だけです。